徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*八十段*<音楽と時間>2008.4.3

ブラームスの交響曲第一番を聴いている。サイトウキネンオーケストラの演奏だ。1992年に松本市で初回のサイトウ記念フェスティバルが開催された時の演奏だ。指揮は、故・斎藤秀雄氏の桐朋学園での指揮科の最初の学生だった小澤征爾。腕達者な奏者がよくぞ集まったというしかないメンバーが演奏するオーケストラだ。臨時編成のオケとは思えない演奏なのは、ヨーロッパでの演奏ですでに分かっていたとはいえ、改めて感動を新たにした。

 すでに日本や海外のオーケストラに所属している人もいるのだが、その時の演奏とはまた違う演奏をしてくれている。一言でいうと「熱い・・・」のだ。音が熱いのだが、演奏している心も熱いのだろうというしかない。

 16年前の演奏の録画だ。時の流れも感じざるを得ない。何人かの物故者がおられることに気がついた。それもまだ若い方なのだ。映像では元気に演奏されている姿を見せてくれていて、しかし今はこの世にはおられないことに愕然とした。すぐれた演奏で多くの聴衆に感動を与えた人だ。その偉大な人の命を短くして奪うとは・・・神の不平等さを嘆くしかないのだろうか。

 一年前のこの「徒然草」のページに、この世界で一番強いものは「時間」だ、と書いた。時の経過だけはどうすることもできない。16年前の演奏をいま聴いているということは、私も16年の年を経過したということだ。その時間を自分はいったいどうやって使ってきたのか。過去を振り返れば後悔することばかりだといってもいい。時を無駄に過ごしたと思えることがいくつもある。

 「後悔先に立たず」とは的を射たことわざだ。自分がまさしくセカンドステージに立っていることを思う。セカンドキャリアを積まねば・・・とまた強く思った。私の亡父を思った。父は「なにくそ」という言葉が好きだった。「なにくそ」の四文字に、その時々の父の思いがあったのだろうと今になって思えるようになった。父は本当に老衰で体が利かなくなるまで第一線で仕事をしていた。周りから求められていた。その姿を見てきた私だ。

 「なにくそ!」を今度は私の言葉にもらってこれからの時間を使っていこうと思った。偶然に聴く音楽が心を動かしてくれる。そう思うことが何回もある幸せをかみしめたい。



 

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