徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*九段*<想い出の断層−2−>2007.9.28

  小学校は行徳小学校だった。音楽に関しての記憶があまり無いことは前回に書いた。時代がそんな時代だったともいえようか。 卒業の時に校長先生が今でいうサイン帳、当時はスケッチブックに書いてくれた「行徳一致」の文字を今でも思い出す。
 思えば、学校での毎日は日常の毎日であり、何でも記憶に残るはずもなく、しかし、ほんのちょっとしたことが記憶に残る。当時は書かれた意味もわからなかった校長先生の言葉だが、長く記憶に残り少なからず心の成長に役立ってくれたことを思うと、私にとってその校長先生は偉大な校長先生だ。小倉貞二校長先生だった。 不思議なことに、中学生の時の校長先生も記憶に残っている。ふたりの校長先生のお一人は名前や将来のことを訊いてくださった。その低い声とおおらかな表情、そしてもうお一人 は野球部の指導をされていた姿、お二人ともに朝礼などでのお話はそれほど巧みではなかった。だが、巧拙では計りきれないな圧倒的な存在感があった。斉藤二郎校長先生と渋谷敬敏校長先生だ。前回に名前を記させていただいた二人の音楽の先生方も斉藤校長先生、渋谷校長先生の元で勤務されていた。
 教育、とりわけ音楽教育では、不易の部分を追求しなければと思う。 なぜなら、美的なものに感じる心は時代を超えて人間として不可欠で、かつ不変だと思うからだ。

 さて、中学生の時に 僕の音楽武者修行という本に、学校の図書室で出会う。 このことも、音楽への転機のひとつの布石となる。この続きは後段で。

 

      
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