徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*九十一段*<想い出の断層−35−>2008.4.16

 習志野第一中学校に勤務した。オーケストラが部活としてあった。私が四代目の指導者ということになった。他の市からの転勤で、様子がさっぱりわかないままでの着任だ。同じ県内の学校だからほとんど同じだろうと思うかもしれないが、これが意外と違うことが多い。

 それぞれの地域には、それぞれの雰囲気がある。住んでいる人の気質が違うように、それぞれの学校には歴史と伝統があり、勤務する教職員の雰囲気や価値観、教育観が違うのは当然かもしれない。

 さて、その歴史と伝統の中でのオーケストラ指導が始まった。わかりやすく言うと、私は”よそ者”だ。よそ者への警戒心が生まれるのも、これもまた当然ろう。

 困った時には助けが入るもので、卒業生でその後も後輩たちの面倒をみてくれていたT君が、現役の大学生となって変わらずに一中に来てくれていた。指導者が代わり、卒業生たちも学校への出入りは遠慮していたのだろう。そのなかで、よそ者の私になってもT君だけは来てくれたのだ。そこで以前の徒然草で書いた、T君との指揮者とオーケストラの話に繋がっていく。彼の知らないだろうと思われる話をしながら飲んでいるうちに、私は彼を信頼できると確信した。

 正義感が強く、ちょっと扱いにくそうなところがよかった。少なくとも八方美人でないことは確かだ。人当たりのよい人が意外に裏表のある信用できない人の可能性が高いことを、その頃には学習していた。

 そのT君(実は竹木くんという)が、仲間や後輩の卒業生を連れてきてくれて、現役の部員の指導を分担してやってくれるようになった。おかげで、一年目を何とかやりきることが出来た。救いの神とは彼のことだ。その救いの神様とは、私が学校を離れた後も途切れることなく現在まで縁をもたせてもらっている。

 年下の救いの神さまだが。足を向けては寝られない。



 

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